2017年1月21日 (土)

チョ・ソンジンのリサイタル

 1月17日、サントリーホールでのチョ・ソンジン、ピアノリサイタルを聴いてきました。プログラムは、ベルク作曲ピアノソナタ作品1、シューベルト作曲ピアノソナタ第19番、ショパン作曲24の前奏曲。ベルクは、正直、よくわかりませんでした。シェーンベルク、ウェーベルンと並ぶ12音技法の人といういうイメージがありましたが、そこそこ調性感がある。wikiによれば、「ロ短調を主調とするが、四度音程の堆積からなる和音、半音階技法、全音音階の頻繁な多用によって、調性感は安定しない。」のだそうですが、確かにそんなイメージでありました。ただ、音がきれいで端正だなぁと。そして、シューベルトも同じく端正なという感じ。

 そして、有名な曲も含まれている24の前奏曲になって、ああ、この人の弱音はたいそう美しいのだと感じました。チラシにも「美しいタッチの正統派」とありましたが、まさにその通り。弱音での細かいパッセージやフレーズがきれいだから、その後のフォルテやクレッシェンドが生きてくるのだと思いました。そして、強い音もしっかりコントロールされた強さで、力任せのパワフルな音ではない。「僕、盛り上がってます!」「興奮してるぜ!」みたいな姿はなく、端正にきっちりと音楽的に音楽を作るという感じです。

 この特色が最も生きたのが、アンコールの1曲目、ドビュッシーの「月の光」。この曲、本当に繊細に書かれていたんですね、って、初めて気づかされました。この曲だけでも聞いた価値がありました。そして、ショパンのバラード1番を。これもよかったですね。で、聴衆大盛り上がりの中で、英雄ポロネーズで締め。

 昨年亡くなった中村紘子さんが絶賛していたというのですが、わかるような気がします。演奏する姿で見せちゃうのではなく、音楽性で勝負という本格派だと思いました。

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2014年2月 2日 (日)

伊福部昭,生誕百年紀コンサートシリーズVol.1

 少しブログの更新をさぼっていたら,2014年最初の投稿が2月になってしまいました。

 

2月1日にタイトルのようなコンサートに行ってきました。ゴジラの音楽を作った人として知られる作曲家,伊福部昭の生誕100年を祝ってのコンサートです。

 曲目は,オリジナルスコアから復刻した「銀嶺の果て」組曲,「国鉄」関連映画組曲,「ゴジラ」組曲,「海底軍艦」組曲,「地球防衛軍」組曲が演奏されました。

 「銀嶺の果て」は,戦後早々の映画であり,伊福部昭の映画音楽の最初期のもの。国鉄関連映画というのは,国鉄を題材にしたドキュメンタリー映画で,特急つばめを題材にこの列車に関係して働く人々のドキュメンタリーや雪国での雪との戦いを描いたドキュメンタリーなどです。いずれも大自然と戦うという意味では,底流のモティーフはゴジラなどと変わらないと言えます。自然の脅威に対して人類が開発した機械(ロータリー除雪車とかゴジラと戦う戦車とか)が立ち向かうというところが大事なのだと思います。

 メインタイトルなど後年いろいろな形で演奏されたものを除くと,モノクロ映像,モノラル音源でしか聞けなかった昭和29年のゴジラの音楽が生のオーケストラで聞けたのは,非常に良かったです。また,後半の海底軍艦と地球防衛軍も大迫力でした。演奏したオーケストラ・トリプティークは,プロオーケストラのメンバーによる編成で,指揮者の斎藤一郎は,セントラル愛知交響楽団常任指揮者で割と関西方面での活躍が多い印象で,初めて聞きましたが,なかなかの好演。オケのメンバーにとってレパートリーではない曲で,変拍子が多いという伊福部作品なので,明確な指揮を意識しているように思えましたが,いろいろな場所に「こうやりたい」という意思が見え,非常に良かったです。SF交響ファンタジーの演奏などでも,初演時の汐澤さんより後年の広上淳一の演奏の方が圧倒的に良いように指揮者による差が出る作品だと思っていました。斎藤一郎の音楽作りはとてもよかったと思います。アンコールとして演奏された「ゴジラ対メカゴジラ」組曲も非常に良かったです。

 伊福部昭は,映画音楽だけのきわものではなく,現代音楽の作曲家であるわけで,今年の間には,「ピアノと管弦楽のためのリトミカ・オスティナータ」なども演奏されます。私としては,「交響譚詩」を生で聞いてみたいと考えています。

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2013年6月 7日 (金)

2人の韓国人演奏家

 ここしばらくマネー運用の話を書いたので、久々に音楽のネタで。

 6月3日にチョン・キョンファのヴァイオリン・リサイタルを東京文化会館で聴きました。何年も演奏会をしていなかったとのことで、久々の日本公演だったそうです。最近は、音楽の友の購読といった音楽情報収集をしていないので、単に「一度は聞いておきたいよね、チョン・キョンファ」くらいのノリでチケットを入手したのですが、会場でプログラムを読んでみて、「そうだったのかぁ」と。

 演奏は、モーツァルトのヴァイオリンソナタ28番、ブラームスのソナタ1番が前半。これは、比較的落ち着いたというか、客観的な雰囲気の演奏。先生が弾いているという風格の演奏でした。そして、後半がシマノフスキの「夜想曲とタランテラ」とフランクのソナタ。シマノフスキは、初めての曲でしたが、なかなか良い曲であり、チョン・キョンファ的な曲。後半は、猛女・烈女的な雰囲気が醸し出されてきた感じ。シマノフスキが終わったところで拍手も大喝采。私のヒヤリングに間違いがなければ、「まだ、終演じゃないのよ」的なことを会場に向かって一言。でも、それくらい良かったです。また、フランクも熱演。もしかすると、昔のチョン・キョンファなら、もっと炎吹き出す演奏だったのかもしれませんが、良かったです。伴奏のケビン・ケナーも呼吸ばっちりで見事につけてました。

 2人目は、CDですが、HJリムというピアニスト。なんとデビューCDがベートーヴェンのピアノソナタ全集という異常な人。とりあえず手元に来たのが、第1集で、ハンマークラヴィーア、告別、月光その他が入ったもの。正直なところ、月光のほかは評論できるほど何人も何回も聴いているわけではないのですが、とりあえず月光は良かったです。早めのテンポで切れが良い演奏。ランラン的な要素があるかな?というと、少し悪い印象に聞こえるかもしれませんが、この人で熱情、ワルトシュタインなどを聴いてみたいと思った次第。

 Yuutubeでこの人のチャイコフスキーの協奏曲の一部が出ていますが、これも快演です。これもぜひCDにしてもらいたいと思うし、ぜひ、日本で演奏会を開いてほしいと思いました。

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2013年1月 3日 (木)

年末年始のクラシック音楽

 お正月でいろいろな音楽番組があり、これをまとめて感想など。こういう時に書いておかないと最近はフェイスブックに気軽に書いてしまって、このブログの更新が疎かになりがちな気がしますので。

 まず、生中継の放送を生で見た東急ジルベスタ―コンサート。最初に金子三勇士というピアニストがリストの「ラ・カンパネラ」を弾いたのですが、なんか音楽が流れていない、テンポ感が不自然に動かされているような気がしました。いわばフジコ・ヘミング以上に壊れているというか・・・。宮本笑里のチャールダーシュは、ジプシー風を出すためのずり上げる音の取り方がちと気持ち悪かったです。で、恒例のカウントダウンは、エルガーの威風堂々でしたが、最初が少し早目のテンポ、途中で普通のテンポ、59分30秒からの10秒間は、テンポ落としたかな?という感じでしたが、見事に0時ジャストに演奏が終わりました。企画ものだからこれでいいんですね。昨年は、2~3秒早く終わって、恐怖の間が空きました。今年は、ぴったりできっと緊張していた女性アナウンサー、見事に終わって涙ぐんでおりました。

 1日の夜のニューイヤーコンサートは、フランツ・ウェルザー・メストの指揮。私は、名前は知っていたものの初めて見ましたが、なんか、マーラーに似ていますね。100年前、マーラーはあんな風にウィーンフィルを指揮していたのかな?などと想像してしまいました。ちゃんと生誕200周年のワーグナーもヴェルディもプログラムに織り込んでおりました。

 2日になって、録画していた「らららクラシック」の大みそか放送を観ました。ピアニストの牛田くん、ピアノの演奏はもちろんですが、あの受け答えや立ち居振る舞いのしっかりしているところがびっくりです。あと、若いころ好きだったロリン・マゼールのチャイコフスキーも流れておりましたが、「この人、歳を取って枯れてきたらどういう演奏をするのだろう」と思っていたものですが、歳を取っても若いころとあまり変わらないような気もしつつ、少しアバウトになったような気もしつつ。

 で、本日、年末に放送されたノリントン指揮のN饗の第9を観ました。1~2楽章は、こういう小ざっぱりしたベートーヴェンもいいかな?と思いましたが、第3楽章は、天上の美しさの曲を現世の美しさに引き戻したかな?という感じですね。1番から8番までの交響曲は、こういうアプローチでもよいけれど、第9はロマン派の世界に突入している作品だと思うので、やはりピュアトーンじゃ駄目なんじゃないかなと。ちなみにコントラバスを真後ろに並べるような楽器の配列などは、ベートーヴェンの時代を再現しているんだと語っておりましたが、独唱者は、左後ろに並べておりました。ベートーヴェンが指揮をした初演の時には、耳が聞こえないため観客の大喝采に気づかないベートーヴェンを独唱者のウンガーが袖を引っ張って教えてあげたというエピソードが本当なら、独唱者は指揮者の脇に並べないといけないんじゃないですかね。

 ま、ティンパニに大きな表現を求めるなど、聴いていて面白いとは思いますが、ま、たまに目先を変えようよ・・・という感じのアプローチなのかなと思ったりします。いや、嫌いとか否定するというわけではないんですけどね。ま、毎朝、納豆ごはんが続いている中でたまにトーストとコーヒーの朝食もいいよねという感じですかね。

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2012年8月 4日 (土)

学生向け協奏曲の作曲家たち

 フリードリヒ・ザイツ(1848年~1918年)、ジョヴァンニ・バッティスタ・ヴィオッティ(1755年~1824年)、シャルル=オーギュスト・ド・ベリオ(1802年~1870年)という作曲家をご存知でしょうか。おそらくヴァイオリンを学んだ人は100%知っていると思います。しかし、クラシック音楽鑑賞が趣味で、オタクの領域に達しているという人でも、聴くだけの人、ピアノは学んだがヴァイオリンは習ったことがないという人だとまったく知られていないと思います。

 この人たちは、すべて当時の有名なヴァイオリン奏者であり、ヴァイオリン教師。教師として指導する過程の中で、ベートーヴェンやメンデルスゾーンの協奏曲を弾く前段階での協奏曲の必要性を感じて自ら作曲したものではないかと思われます。ザイツのト長調や4番ニ長調の協奏曲は、ヴァイオリンの発表会では必ず誰かが弾く曲です。小学生中学年くらいの子供がやると非常にかわいらしいです。ヴィオッティの22番の協奏曲は、ザイツよりもう少し上の生徒が弾き、ベリオの「バレエの情景」や協奏曲も同じようなレベルの曲です。小学校高学年から中学生くらいでしょうか。

 続いて、次の作曲家はいかがでしょうか。ゲオルグ・ゴルターマン(1825年~1876年)、カール・ダヴィドフ(1838年~1889年)、ダヴィート・ポッパー (1843年~1913年)。彼らは、チェリストであり、チェロ協奏曲を作っています。また、ダヴィドフは、サポジニーコフというエチュードの中にも何曲か登場してきますので、エチュードも作っていたのかもしれません。
 ゴルターマンのチェロ協奏曲第4番ト長調は、中学生くらい?、ポッパーは高校生くらいが弾く感じでしょうか。また、小学生は、ザイツのニ長調の協奏曲を5度低くして、ト長調にした版を必ず弾きます。

 何で、こういう曲がそれぞれの楽器にあるのだろう?といったことを考えるとき、彼らの年代がそれを求めたのかな?と思います。6人のうちヴィオッティ以外が1800年代の中頃に活躍しています。パリ音楽院が1795年創立、ウィーン国立音楽大学の前身が1812年創立、上述のザイツは、ザクセン州のマクデブルク初の音楽学校の創立者と考えられているなど、まさにヨーロッパで音楽を学校で体系的に教えようという時期に活躍した人だったわけです。そして、創設された音楽学校の教授となったり、そういうところの教授から委嘱されたり、相談されて、作曲をしたのかな?などと思います。

 ピアノでいうとツェルニーとかクレマーとかシャルル=ルイ・アノン(1819年~1900年・・・日本では「ハノン」として有名)といったピアニストしか知らない作曲家がいますが、彼らが書いたのは練習曲集。ピアノの学生協奏曲というのはないですね。2台のピアノを並べて、協奏曲を弾くというのはまず見たことがない。このあたり、旋律から和声まですべて一人で出せるピアノと弦楽器の違いかもしれません。ということは、金管楽器や木管楽器にも私たち一般人が知らないその業界人だけに知られる作曲家がいるのかもしれませんね。たとえば、トランペット奏者にとってのフンメル、フルート奏者にとってのイベールが重要なレパートリーであるけれど、一般ファンには認知されていないように。

 私は、ザイツなどのヴァイオリンの作曲家は、自分の子供たちがヴァイオリンを習ったことで知ることができました。ほかにもヘンデルが素敵なヴァイオリンソナタを書いていることやバッハのヴァイオリン協奏曲が3曲(二重協奏曲を含む)あることや、ヴィヴァルディが「四季」以外にもヴァイオリン学習者にとって貴重なヴァイオリン協奏曲を書いていることも教えられました。じゃ、チェロの方は・・・? 実は、本日、上述のゴルターマンの4番の協奏曲第1楽章を発表会で弾いてきました。 四十の手習いですから、なんとかかんとか通ったというところですけど。でも、演奏技術はともかく、上述のような蘊蓄を知ることができただけでも音楽ファンとしては、本当に良い経験ができたと思っています。

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2011年12月28日 (水)

正しい楽譜の読み方

 大島 富士子著「正しい楽譜の読み方 -バッハからシューベルトまで- ~ウィーン音楽大学インゴマー・ライナー教授の講義ノート」(現代ギター社)を読みました。バッハから古典派までの演奏をする人には必ず価値がある本だと思いました。前回のブログで、やけに早いバロック演奏は変だという話を書いた後、テンポの決め方ってどうするんだろう?と思っていて見つけた本です。
 
 正しいテンポの決め方の話では、Lentoは速度の記号だがAdagioは曲想記号だという主張や、舞曲においてはそれぞれ踊ることができるテンポが必然的にあるので、そのテンポで弾くべきであり、その他の曲については・・・という記述などは、なるほど!と思いました。また、トリルの話なども「そうだったのか」という話が書かれていました。
 
 ただ、いかんせん、厚みがない。テンポの決め方、装飾音などそれだけでも1冊の本が書けそうですが、講義ノートなのできっとライナー教授は講義ではもっと語っているのでしょうけれど。もっと知りたければ、CPEバッハ「正しいクラヴィーア奏法への試論」、レオポルド・モーツァルト「ヴァイオリン奏法」ヨハン・ヨアヒム・クヴァンツ「フルート奏法試論」を読めということなのかもしれません、この3冊がお勧め本として挙げられていました。
 
 で、こうしたアプローチは、1975年くらいまで世界的になかったそうです。なので、これから音楽を学ぶ若い人たちは、こういうアプローチも含めて学習できるのでしょう。ま、ちゃんとした先生は、以前からこういう発想はあったはずです。ヴィヴァルディにチェロソナタホ短調という名曲があり、これのレッスンの時には「この楽章は、シチリアーノなんだよ。だから、そういうテンポ感で弾かないと」とか言われた体験が個人的にもありますので。
 
 バッハのフランス組曲、無伴奏ヴァイオリンパルティータ、無伴奏チェロ組曲などを弾くにあたっては、バロック舞踊の知識が不可欠なのだということはこの本により再認識しました。西洋音楽を学ぶには幅広い教養が必要なようです。ちなみに、これだけ良い本がなんで音楽の友社や全音ではなく、現代ギター社なんだ?というのが不思議です。逆に言えば、まだ、こういったアプローチがメジャーではないということなのか、あるいはギター界においてはバロックは重要なジャンルであって、相応に研究が進んでいるからなのか。
 
P.S. 本来は、そろそろ平成24年度税制改正大綱の感想などを書くべき時期なんですけどねぇ。

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2011年12月11日 (日)

古楽(バロック音楽)のテンポ

 今朝、止め忘れていつも通りの時間に鳴りだしたラジオのせいで、朝6時からの音楽番組を聞いてしまいました。ピーター・ウィスペルウェイが弾くバッハの無伴奏チェロ組曲第1番。異様に早い。生き急いでいるのか、速く弾くことを最大の目的にしているかの如くに速い。

 バロック音楽をその時代の楽器で再現するような方々の演奏にしばしば見られるテンポ感。あれに私はついていけません。無伴奏チェロ組曲は、プレリュードの後、5曲の舞曲でできています。あのテンポでバロック風の提灯みたいなドレス着たご婦人が踊れるのか?と思うわけです。石造りの宮殿の広間など音が反響しそうな場であのテンポで弾いたら前の音と混ざってしまって何が何だか分からなくなりそうな気も。お風呂場で「熊蜂は飛ぶ」を演奏したらどうなるか?という想像をしていただく感じ?

 しかし、私も含め、現代のクラシックファンの耳は、2~3千名収容される大ホールを前提に作られてしまっており、バロック時代のようにもっと小さな場で演奏されるならば、あれくらい速くないと間が持たないのか?と思ったり。バロック音楽にはメトロノーム指示がない(メトロノームが発明されたのはベートーヴェンの時代)ので、真実はなんともわからないですね。少し、バロックダンスでも観にいってみるしかないのかもしれません。

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2011年10月20日 (木)

ロリン・マゼール

 今日、我が家では、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲が流れている。演奏者は、レオニード・コーガンのヴァイオリン、ロリン・マゼール指揮ベルリン放送交響楽団。私のCDでは、カップリングは、石川静とコシュラーによるチャイコフスキーであるが、今、売られているのは、ブルッフとの組み合わせのようである。
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%82%BE%E3%83%BC%E3%83%B3-%E3%83%9E%E3%82%BC%E3%83%BC%E3%83%AB-%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%AA%E3%83%B3%E4%BA%A4%E9%9F%BF%E6%A5%BD%E5%9B%A3-%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%82%AC%E3%83%B3-%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%89/dp/B000JVS3OU

 私は、若いころ、マゼールの演奏が好きでした。意外なところでテンポを落としたり、「スコアをちゃんと読むとこうなるんだぜ」とでも言いたげな才気溢れる指揮ぶりに魅了されたものでした。しかし、このCDでは、コーガンが意外に魅せてくれました。再現部の第2主題の辺りでしょうか、オケが静まり、ヴァイオリンが第2主題を短調でトランペットと掛け合いで提示する部分、普通よりもグッとテンポが落とされ、思わずハッとさせられました。オケの音量が戻るともう後は本来のテンポとなり、最後は、一気呵成にコーダから終止へ(といってもそのまま第2楽章に流れ込むのですが)。この鮮やかな変化に魅了されました。若いころは、こういうのが好きだったなぁと懐かしく思ったのでありました。この歳になってみると、このCDは、少しばかりオケがゴリゴリ鳴らされちゃっているかなぁ?という気もしないでもないですが。
 少し、ほかの演奏も聞いてみようかな、と思ってしまいました。でも、マゼールとベルリン放送響は、1960年代の組み合わせ。若き日のマゼールは、本当に天才肌でした。そんなマゼールに触発されたコーガンのスリリングな演奏なのだと思いました。

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2011年4月 2日 (土)

ムラヴィンスキーのブルックナー

 震災で歌舞音曲が自粛の雰囲気でありますが、音楽は人の心を救うということで、本日のブログは久々の音楽ネタです。

 Altusレーベルからムラヴィンスキー&レニングラードフィルのリハーサル&コンサートというCD8枚組みが出ており、これを文京区の図書館で借りて聞きました。リハーサルは、ベートーヴェンとブラームスの各第4番の交響曲。ロシア語でのリハーサルは、CDの解説を読みながらなので十分にはわかりませんが、かなり細かいところまで指示を出しています。ところが金管楽器の音に対しては比較的甘い印象。音を外したからもう1度ということはない。これは優秀な指揮者だから当然だとしても、音が強すぎても音色が荒くても文句はつけない雰囲気。なんとなく聞き続けるのが疲れてやめてしまいました。

 そして、コンサートでは、これら2曲とブルックナーの第9番が入っているので、これを聞いてみました。ロシア特有の金管楽器がバリバリと鳴るオケでのブルックナーはどうだろうかと思ったからです。しかし、結果としては不満。オーケストラというのは、弦楽器の基盤の上に木管楽器や金管楽器が乗っかるものであり、これはハイドン、ベートーヴェンの時代だけでなく、ブルックナーの時代まで同じなのだと思います。実際、ギュンター・ヴァントが来日したときの北ドイツ交響楽団は、「こんなところで弦楽器ががんばっても聞こえないよ」というくらいに管楽器が鳴っている場所でも、弦楽器はがんばってフォルティッシモを弾いていました。そして、聞こえないのではなく、ちゃんと聞こえていたのだと思います。しかし、ムラヴィンスキーの演奏では、そういう雰囲気がない。金管楽器に弦楽器が負けてしまっている印象。これは、録音のせいかもしれません。

 また、ブルックナーの精神性みたいなものがあまり伝わってこないのもがっかり。終楽章の終了前5分ほどのフルオーケストラで不協和音が鳴り響いてゲネラルパウゼになり、ホルンが残って響かせるところ。強奏での不協和音の中、トランペットの鋭い音色が全体の響きの中を突き抜けていました。全体として混沌とした音が鳴ってほしい場所のように思うのですが。そして、その後、天国にいるかのような美しいヴァイオリンの音色で終結に向かいますが、スラーではなく、1音1音の輪郭をはっきりさせるようなマルカート的な旋律の弾かせ方。なんでこうなんだろう?という印象。レニングラードフィルを50年にわたって率いた名指揮者なので、もう少し期待していたのですが。

 と、不満だけで終わってしまうのもなんなので、最近聞いたCDの感想をもう1つ。このところ、バッハの無伴奏チェロ組曲のCDをいろいろ聴きました。主として第1番です。マイスキー、カザルス、フルニエ、シュタルケル、マイナルディ、モルク、堤剛、ビルスマなど。マイスキー、堤さんあたりは、割とサラサラと弾いてしまって上手なんですが、ややつまらない。フルニエは、雰囲気いいなぁという感じ。日本の来日公演の録音よりそれより10年位前のスタジオ録音のほうが良い。マイナルディはもたれるほどに遅いですが、アマチュアのチェロ奏者の練習用には良いと思います。が、それくらいに遅い。モルクは、この中では唯一の若手ですが、癖がある演奏だけれども、さらりと弾いていないのが面白い。チェロ1本でこれだけ違った演奏になるんだなぁと感じました。

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2010年8月25日 (水)

冒頭でテンポが変わるブラームス

 朝、朝食を食べ、新聞を読みながらNHK-FMを聞いていました。「次はブラームスの交響曲第1番・・・」。ほう、朝飯時にはずいぶん重い曲を流すものだ・・・と思いながら、聞いていると出だしがものすごく速い。ティンパニーが1小節で6回叩くので、その速さでテンポが決まるので、最初の小節で速い!と思った。「どんな俊英指揮者だろう?」と思ったら、3~4小節目くらいで、テンポが緩んできた。そんな変な演奏はないだろう・・・と思っていたら、8小節目8分の9に拍子が変わるところでさらにリタルダンド。そこから先は、巨匠の雄大なるテンポ感。
 
 「ライブ録音だから、ティンパニー奏者が速く叩きすぎ、それを自ら訂正して、オケが全体的にうまくそれに合わせてトラブルを相応に修復したのだろうけど、こんな演奏をCDとして残しちゃうというのも勇気あるなあ。しかし、プロの打楽器奏者がこんなにテンポ感ないものか? いや、速すぎて指揮者が抑えたのか?」などといろいろ考えつつ、仕事に出かけ、事務所でNHKのホームページで指揮者を確認。
 
 なんと、ギュンター・ヴァント/ミュンヘンフィルの1997年の演奏会の録音でありました。亡くなる5年前の演奏なので、ヴァントも演奏してくれるだけで有り難い神格化された存在になってきた時代なので、冒頭にトラブルがあっても許されちゃったのでしょう。CD評を書いているブログには、「颯爽としたテンポであるが、そのテンポが一本調子でなく変化するのがすごい」といったニュアンスで書いているものもある。申し訳ないけど、その筆者の音楽観はおかしい。テンポは変えてよいところとインテンポを守らなければいけないところがある。ブラ1の冒頭は、少なくとも6小節目くらいまではインテンポでなければ音楽を壊すと思うのです。
 
 と、書きつつ、もしやゲネプロからヴァントが振っていた演奏スタイルであり、トラブルではないとしたら・・・。私は自分の耳、音楽観を否定するか、あるいはヴァントは97年には耄碌していたと宣言しなければいけなくなります。果たして真相はいかに。

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