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2018年9月16日 (日)

テレビでの「引用」の問題

 池上彰さんの番組が取材源に対して「あなたから取材した内容という形ではなく、池上彰さんの解説という形で放映していいですか?」と聞かれた・・・という話題がネットに流れています。けっこうな数の有名人がMe Tooしているのが興味深いです。

 その流れでは、「池上彰ってひどい人だったのね」的な印象ができつつあります。しかし、これって、池上彰さんが取材源にそういう依頼や宣言をしたのではなく、制作スタッフがそういう依頼をしたということだと思います。池上さんは、制作会社が作ってきた原稿や番組の構成にしたがって、出演者という役割をこなしただけとも言えます。

 結局、問題は、池上さん個人ではなく、テレビの制作手法なのだと思います。番組の肝となる情報を誰から、どの著作物から持ってきたのか、書籍や雑誌原稿なら「引用」と呼ばれる約束事が、テレビの場合には曖昧であるということではないかと思います。映画だと「エンドロールに名前を載せるので協力を」という手法がけっこうあるように思っているのですが。

 私も、以前、消費税の軽減税率について朝の情報番組で取り上げたいということで某テレビ局から取材を受けて、半日かけて、取材対応して、翌朝の放映を楽しみにしていたら、地下鉄駅での無差別殺傷事件が起きて、私の映像は流れなかったという経験があります。結局、短縮されて放映された軽減税率の話題の中で、私が語った話をコメンテーターやゲストの芸能人が発言して番組となっていました。

 後日、私に振り込まれた報酬は、1万円でした。突然に依頼の電話が来て、半日潰して、ルーチンじゃない特別作業をした挙句です。それでも取材時の私の映像が流れでもすれば、「報酬はいらないや!」というのもあるかもしれません。映像が流れなかったからこそ、取材協力にかかった時間分だけ、きっちり払ってよというのが協力者の論理。あるいは「番組の中でテロップでもよいから名前を出してよ」とか。つまり、これって、著作権法上の「引用」とか「著作物利用の許諾」といった問題として考えると、すっきりすると思います。「引用元である私が語っている映像を流せ」とか「私の意見を番組で使ったのだから、引用元を開示せよ」とか「著作者氏名権を行使しないでくれというのなら、その分、著作権利用料をたくさんください」という整理です。しかし、テレビ番組の制作会社の論理は、これとは違うところにあるのでしょう。

 ちなみに、その取材時に、番組の放送準備中に来て、待機してくれますか?とか言われました。自分の映像は、すでに録画したわけで、それを流すだけのテレビ局に行っても仕方ないだろう、これ以上時間を使っても・・・と思って、お断りしたのですが、行っていたらどうなっていたのでしょうね。制作現場の修羅場に臨席したという報酬で、取材映像を流してくれたのか、報酬額が増えたのか? 放映の場所にいた人には、たくさんお金を支払う・・・という論理があるとすれば、それは制作者側だけにしか通じない論理だと思います。番組の構成の肝になった著作を書いた方の「汗」は、書籍にするまでの間に流れているのであり、放映準備の場にいたかどうかではないからです。多くの有名人がMe Tooをされたのは、そういう不思議な論理でテレビ番組というものが作られているからなのではないでしょうか。

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