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2013年2月28日 (木)

嫡出子と非嫡出子

 今朝の新聞では、最高裁が嫡出子と非嫡出子の間にある法定相続権の差は、区別ではなく差別なのではないか?という観点で民法を見直す判断をするのではないか?という記事が出ています。
 
 嫡出子は、夫婦の間から生まれた子、非嫡出子は愛人など夫婦関係外のところで生まれた子であり、非嫡出子の法定相続分は、嫡出子の2分の1となっています。この規定が法の下の平等を定める憲法に違反するのではないか?という判断です。
 
 社会としてきちんとした結婚を推奨し、愛人やらなにやらというのは婚姻制度に対する敵であるという観点もある半面、そのモラルを促進する制度として法定相続分に差をつけるのが妥当か?という観点もなるほどと頷くものがあります。
 
 で、本日の主題は、そこの是非ではなく、税理士として気になるのが顧客の相続時の問題。今、相続が発生するようなオーナー社長の場合、そこそこの確率で愛人がいたように聞くことがあります。あるお客さんで、財産は土地と自社の株しかないのだけれど、そして、それぞれ家業に使っているため分けようがない。その状況で、「うちのおじいちゃん(お父さんのこと)、遺言書を書いてあるらしいんだけど、まだ、余分な土地を切り売りする前に書いたものだと、愛人にいくらか渡すような遺言になっていたらどうしよう」とか心配しているという話があったりします。
 
 なんて破廉恥な!とか思う方もいると思います。しかし、気持ちを「三丁目の夕日」の頃の鈴木オートの社長の街に移してみてください。昭和33年、東京タワーができる頃です。戦争から13年。戦争未亡人もいれば、そもそも男性が少なくて結婚しそこなった女性もいるはずです。終戦時に15~35歳くらいの女性は、そういう状況にあったと思います。当時は、男女雇用均等法なんてありません。女性が働くというイメージもなかった。映画「三丁目の夕日64」では、ろくちゃんが結婚しても鈴木オートで働けばいいじゃない!「これからはそういう時代よ」と薬師丸ひろ子が語る場面がありますが、まさにそんな時代。独身の女性がどうやって生きていけたのか? 一種の社会福祉として妾、愛人が機能していたことは否定できない事実です。「たまにやってくるおじさんが持ってくるお金のおかげで、大学まで出られた」という子供もいたはずです。
 
 イスラム教の一夫多妻制も、マホメットの時代、相次ぐ戦いの中で男性が少なくて、厳しい戒律の中で稼げない女性を社会制度として救うには一夫多妻制を認めるのが必然だったという解説を読んだことがあります(岩波新書だったかな「イスラーム」というタイトルだけど20年以上前のことなので)が、社会にニーズがある時にそういう現象が起きるという側面があります。現に、現代日本にはそういうニーズはないから、愛人なんてとんでもない、そもそも結婚すらしないという雰囲気になっているわけです。そう、念のために言っておきますが、愛人を作ることや妾を持っていた時代やそのモラルを肯定しているのではなく、単なる事実の認定として書いております。
 
 といった諸現象の中で、90歳くらいのオーナー社長経験者の場合には、お妾さんがいるかもしれない、認知した子供がいるかもしれないということで、もし、民法が改正されたりすると、相続時に知らない相続人が登場して、しかも嫡出子である後継経営者やその兄弟と同じ額の相続権を主張するといったトラブルが勃発するのかなぁ・・・などと考えたのでありました・・・というお話であります。

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2013年2月 3日 (日)

藤井聡 著「維新・改革の正体」(産経新聞出版)

藤井聡 著「維新・改革の正体」(産経新聞出版)を読みました。

 当初、読んでいていわゆる海外陰謀論みたいな「日本はアメリカ(ユダヤ)に操られている」的な本かなと思いました。実際、そういう雰囲気で読んでいたのですが、途中でマネタリスト批判が出てきて、「あ、もしかして、この著者は確かかも」と思い始めたので、みなさんのご意見も聞いてみようかと。

 要するにケインジアンとマネタリストの攻防の中で、不況の時には公共投資で有効需要を作らないと…というケインジアンを新自由主義・マネタリストが「いや公共投資をしても財政が赤字になるだけで駄目。構造改革で自由化を進めれば日本は良くなる」といって、公共投資をやめさせて日本を悪くしようとしてきた人がいる、という議論です。

 著者は、6種の人が日本を悪くしてきたと言います。
(1)大蔵省・財務省による緊縮財政主義
(2)経済学者による新自由主義経済学イデオロギー
(3)ウォール街・アメリカ政府等による日本財布論
(4)アメリカ政府によるジャパン・バッシング
(5)社会主義陣営による対日工作
(6)以上1~5の諸活動を吸収したマスメディア

 これだけ読むと陰謀論そのものなんですが、著者は、それぞれを主張する人たちは、それぞれの所属の組織に新人の段階で入って、その組織になじもうと成長する中で、いつの間にかその思想に染まったのであって、日本を悪くしようと思ってその主義主張をしているわけではないと言います。

 しかし、団塊の世代の人などの中に「これ以上、成長を目指してどうするの?」みたいな言い方をする人がいますが、これは、日本が停滞してプロレタリアートに不満が溜まって革命等へ進む方が良いという社会主義的陣営の人の意見に影響されたものだといった解説をされると、「あ、そうかも」と思ってしまいます。昭和40年~50年代、社会主義が理想、北朝鮮こそ理想の国だと信じていた人もいたわけですから。

 で、著者の結論は、「どれだけマスコミが様々な情報を流そうとも、国民がそのメッセージや情報を頭から信用しなければ、マスコミの影響は限定的になるのは自明だ。そもそも日本国民は、諸外国の国民に比べて倍以上の水準でメディアを信用してしまう傾向を持っている。そういう傾向が、日本におけるマスコミの影響力を極大化させてしまっているのだ」(P.209)です。

 この本に納得しようと納得できまいと、「そういう考えもあるのね」ということで各人が咀嚼しろと訴えています。で、こういう結論の部分で、橋下による維新がいかに底の浅いものであるかということを主張して、「よく考えてみようよ」と訴えています。

 私も最初は、首を傾げながら読んでいました。しかし、マネタリストは経済理論としては破たんしている。そして、その残党がIMFに巣食っているという話を読んで、著者に対して信頼感が醸成されてきたという感じです。私は、公認会計士試験を受験するために経済学も勉強しました。そして、社会に出た時、新聞やテレビで出てくる主張はフリードマンをはじめとするマネタリストばかり。しかし、経済学の教科書で学んだ理論からは、貨幣供給を増やしても景気はよくならないはず。そして、不景気や失業を減らすために貨幣供給を増やすという理論的な帰結に納得ができませんでした。結局、マネタリストって経済理論ではなく、
政策論みたいなものではないか?と思っていました。そして、韓国をみるまでもなく、IMFの管理下に入った国は、ことごとく財政緊縮により経済が困窮させられていました。マクロ計量経済モデルを供給先行型、すなわちマネタリストの論理で作ると、ぜんぜん当たらないという話は、納得できるものでした。それならこの著者の言うことにも理があるのではないか?ということですね。

 ま、何はともあれ、皆様、ご一読をお勧めしたい本だと思いました。

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