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2011年10月20日 (木)

ロリン・マゼール

 今日、我が家では、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲が流れている。演奏者は、レオニード・コーガンのヴァイオリン、ロリン・マゼール指揮ベルリン放送交響楽団。私のCDでは、カップリングは、石川静とコシュラーによるチャイコフスキーであるが、今、売られているのは、ブルッフとの組み合わせのようである。
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%82%BE%E3%83%BC%E3%83%B3-%E3%83%9E%E3%82%BC%E3%83%BC%E3%83%AB-%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%AA%E3%83%B3%E4%BA%A4%E9%9F%BF%E6%A5%BD%E5%9B%A3-%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%82%AC%E3%83%B3-%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%89/dp/B000JVS3OU

 私は、若いころ、マゼールの演奏が好きでした。意外なところでテンポを落としたり、「スコアをちゃんと読むとこうなるんだぜ」とでも言いたげな才気溢れる指揮ぶりに魅了されたものでした。しかし、このCDでは、コーガンが意外に魅せてくれました。再現部の第2主題の辺りでしょうか、オケが静まり、ヴァイオリンが第2主題を短調でトランペットと掛け合いで提示する部分、普通よりもグッとテンポが落とされ、思わずハッとさせられました。オケの音量が戻るともう後は本来のテンポとなり、最後は、一気呵成にコーダから終止へ(といってもそのまま第2楽章に流れ込むのですが)。この鮮やかな変化に魅了されました。若いころは、こういうのが好きだったなぁと懐かしく思ったのでありました。この歳になってみると、このCDは、少しばかりオケがゴリゴリ鳴らされちゃっているかなぁ?という気もしないでもないですが。
 少し、ほかの演奏も聞いてみようかな、と思ってしまいました。でも、マゼールとベルリン放送響は、1960年代の組み合わせ。若き日のマゼールは、本当に天才肌でした。そんなマゼールに触発されたコーガンのスリリングな演奏なのだと思いました。

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2011年10月14日 (金)

ソーシャルビジネスもビジネスだ

 本日、社会起業家の創出活動を行っているNPO法人のセミナー講師をしてきました。その際、時間が余ったら話したいとは思いつつ、余分な話の時間はないわけで最初から諦めていたことを、このブログで書いておこうと思います。題して「食べた人がにっこりするおいしいパン屋さんの話」。
 
 あるところに非常においしいパンを焼ける人がいました。この職人さんは、自分のパンを口にした人がとても優しい顔になるのを見て、「おいしいものを食べると人は幸福になるんだ」と思いました。そして、この人は、パン屋を開業することにしました。
 
 今、既成の大きな食品会社がスーパーなどで売っている食パンは1斤140円くらいでしょうか? このパン屋さんは、その製造数量などで計算すると1斤100円くらいで売れば損益トントンという感じになると計算しました。さて、このパン屋さんは、いくらでパンを売るべきでしょうか。
 
 ガツガツ金儲けをするためのパン屋ではなく、食べた人に幸福を配るパンを提供するのが理念なのだから、損の出ない範囲でできるだけ安い値段が良い、というのは1つの考え方です。100円で売ろうという考え方です。これだと自分の生活費程度は稼げても、減価償却費(店舗やパン窯の原価を各年に配分したもの)の分くらいのお金が残るものの、パン窯の耐用年数が来たら、買いかえればお金は残りません。
 
 私なら140円で売ったらどうでしょう?と考えます。そしたら、かなり儲かります。なので、その利益の中でパン職人になりたい人を雇います。そして、職人が一人前になったらもう1店舗オープンして、2店舗でパンを売ります。こうすることで、最初より倍の人に幸福を配ることができます。140円の大手のパンよりおいしいのだから160円でも200円でも良いのかもしれません。でも、あまり高くなると買える人の所得が限られてきてしまって、セレブ御用達になってしまいます。なので、140円かそれよりちょっと高い程度で、ちょうど夕方お店を閉める頃までにパンが売れ切れるような値段設定がよいのでしょう。
 
 でも、それでは、貧しい人に幸福を届けられないのではないか?という人もいるかもしれません。でも、大手のパン屋が140円で全国的に販売しているなら、生活保護手当をもらっている人だってその手当の金額の範囲内でパンを買えるのではないかと思います。もし、140円のパンが買えないような手当なら、その手当の算定基準が悪いのであり、そこを改正するべきだということになります。そこはパン屋さんの仕事ではない。パン屋は標準的な価格、あるいは神の手に導かれた市場価格でパンを売ればよいのではないか?と思うわけです。そして、その中で自分に匹敵する職人を育成することに注力し、より多くの人に幸福を配ればよい。
 
 という風に考えると、パンが焼けるからパン屋をやるパン屋も幸福を配りたいパン屋も同じ値段でパンを売ればよいのだろうということになります。前者が普通のビジネス、後者をソーシャルビジネスと名づけるなら、表面上は何の区別もないのかもしれません。唯一の違いは、企業理念があるか否か。でも、その違いが大きいのだと思います。この違いで、出店エリアの選定などが違ってくると思います。
 
 ソーシャルビジネスを志す方の中には、地方自治体の手が行き届かない部分を発掘して、そこをケアするようなビジネスを考える方もいらっしゃると思います。しかし、ビジネスであるからには、正当な対価を顧客からか行政からかきちんと受け取らなくてはなりません。今週の週刊ダイヤモンドは、公務員がいかに民間企業より高コスト体質(すなわち公務員の給与が高い)であるかを問題にしています。行政が直接やったら、1人当たり年収600万円の人件費がかかるけど、NPOに助成金を300万円支出すれば、それで同じことをやってくれるからやってもらおう的な仕組みに組み込まれないようにしてほしいと思います。彼らは、1人当たり300万円だと思えば、10人の仕事なら3000万円しかくれません。10人をきちんと採用して、仕事ができるようにして、10人の仕事をきちんと調整して、サービスとして売れるようにするには、現場管理者や採用担当者や給与計算担当者が必要であり、こうした人たちを束ねる経営者が必要です。これを3000万円で引き受けたら、本部人件費、本部経費分だけ赤字になります。これでは長期間のサービス提供はできません。2店目、3店目のパン屋を出せるようなパン屋と同じように、他の地域にも展開していけるような収益性を考えてほしいと思います。ビジネスであるからには事業の継続性は大事で、そのためには利益が必要です。行政がお金を十分に出す気がないのであれば、むしろそのサービスを行政がきちんとやれと主張する政策提言活動をした方が良いのかもしれません。あるいは、受益者自身から代金を受け取ることです。
 
 社会に貢献できるビジネスをするという気高い理念を持った経営者たちがそのビジネスから役員給与を取れていないといった事態にならないように、念のためこんな文章を書いてみた次第です。ご意見お待ちしております。
 

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