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2011年4月28日 (木)

原発問題のまとめ(最終回のつもり)

 2つばかり原発の話を書いてみましたが、Twitterなどに問うてみるとあまり評判はよろしくなかったです。自分自身ではそう悪くない発想だと思うのですが、株主責任というものをわかっていないとか、いろいろな御意見をいただきました。
 
 私の発想のポイントを再度まとめてみると、1つの事故で会社が完全に立ち行かなくなって、「はい、残念でした」って株主が言われちゃうような会社が上場していて良いのだろうか?ということ。株式会社法理からはそれでよいのです。大航海時代に一人で船を用意して、胡椒を買い付けにいったら、嵐で船が沈んで投資資金はパー。だから、何人かでお金を出し合って、5隻の船を用意して、時間差で出航させれば、1隻は遭難したり沈没するかもしれないけれど、3~4隻帰ってくれば大儲け。でも、4隻沈んじゃったら、運が悪かったと諦めるしかない・・・という世界。
 
 しかし、上場市場というのは、そういうものではない。メーカーが上場しようとしていて、上場審査官に「工場が火事で燃えちゃうようなことはないでしょうね」と聞かれれば、「そりゃ、ないとは言えないけれど、火災保険に入っていますから再建できます。」と答えなければ審査は通りません。地震保険会社が上場申請したら、きっと「関西淡路大震災くらいで財務が破綻することはないでしょうね。」「もちろん再保険もかけているし大丈夫です。」「じゃ、東南海地震と東海地震が連動して起きるようなことがあったら?」「そしたら、破綻ですね。払いきれないし、そんな広範囲から一斉に保険請求が来てもさばききれない」なんて、返事をしたら、おそらく「御社は、会社の存続という点での安定性に危険を伴う業種なので、上場には向かないと思います」と断られそうな気がします。これが上場準備をお手伝いしてきた公認会計士の実感的感触。
 
 じゃ、東電は、どうか。1960年頃、原子力発電所を始めて持つ際には、万一爆発したらどうなるんだろう?とか不安もあったと思います。なにしろ唯一の被爆国ですから。最初の原発は、九電力が合弁で出資した日本原子力発電の東海原子力発電所。やがて、数年後、東電の福島第一原発が着工。民間会社で行われることへの不安に対応して、「原子力損害の賠償に関する法律」が作られた、と読みとれるのですが、いかがでしょう。これによれば、原発の事業者が無過失責任を負うとされ、原子力損害を賠償するための措置も講じられていて保険契約などが強制されています。しかし、この無過失責任も「その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によつて生じたものであるときは、この限りでない。 」と書いてあります。逆にいえば、この規定がないと、東電他、原発を持つ電力会社の上場は維持できなかったのではないでしょうか。万一の原発暴走で、大きな被害を出したら、会社は頓死というのでは、「有価証券の発行及び金融商品等の取引等を公正にし、有価証券の流通を円滑にするほか、資本市場の機能の十全な発揮による金融商品等の公正な価格形成等を図り、もつて国民経済の健全な発展及び投資者の保護に資することを目的とする。」という金融商品取引法の精神は達成できないように思います。東京証券取引所の有価証券上場規程第207条にも「(1)企業の継続性及び収益性」というのが最初に掲げられています。もし、「原子力損害の賠償に関する法律」に天災等への免責がなかったら、上記の上場規程のガイドラインの中の「設備投資及び事業投資等の投資活動や資金調達の財務活動が、経営活動の継続性に支障を来す状況にないこと」というのに反してしまうように思います。

 なので、株式会社なんだから、大きな事故を起こした時には会社更生法でも出して、100%減資して、株主がまず責任を取り、それから国が救済をするのだという順番がそれで良いのかどうかというのは、極めて慎重に判断しなければいけない項目だと思うのです。今回の事故が天災等だったら、東電は免責。なので風評被害も含めて国が責任を持つことになります。また、今回のような津波被害は予測できたので、免責にしないとなれば、そんな危険な原発を一民間企業に運営させていた国の責任が問われてしまいます。結局は、国が責任を持つことに変わりはないような気がします。
 
 私自身は、東京電力株式を持っているわけではないで、結論は、どちらでも良いのです。しかし、言えることは危険な、すなわち思った以上にコストがかかる原発で豊かな電力消費を享受してきたのだから、国民一人一人が超過利得を得てきたのであり、東電株主にまず損失をしわ寄せするというのは、「あいつらは株を持つくらい豊かなんだからいいじゃないか」という感情論が含まれていないか冷静に己を見つめてから発言しなければいけないということ。私としては、この夏のお昼前後に冷房を切って、汗かきながら申告書書くくらいなら、何割か電力料金が上がることで、供給曲線が左方シフトして、需要曲線との交点が左上(すなわちより少ない量、より高い価格)で均衡することで、供給量の制約を乗り切ってくれるのが楽でいいなぁ、という気持ちです。電気代が上がれば、自販機の採算が悪化するので、自販機の台数が減るし、パチンコ屋の開店時間が午後3時になるかもしれませんし。でも、電気代値上げというと、「庶民に損を押しつける値上げには反対」とかいう人が多くなるのでしょう、きっと。私は電気代上がってもいいです、今まで福島や柏崎刈羽の方々の負担の上で、安くて豊富な電力を享受できてきたのですから。
 
 原発に関しては、一応、これで終わりにするつもりです。

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2011年4月26日 (火)

区議会議員選挙

 今回の統一地方選、うちの区ではないものの知人が出たり、あるいはうちの区内の顧問先のビルの1室が選挙事務所になっていたりということで、そういう意味では関心高く見ていましたが、後者の方は無事当選。

 それを報じる記事が、下記。元プロレスラーがラジオ体操に参加し続けたら目立つだろうなぁ、体が違うもん。選挙公報見ても、地元の町会長が推薦人になっていましたが、そういう人に応援してもらえるための活動が必要なのですね。
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元新日レスラー西村修氏区議選勝利
 新日本プロレス出身の元プロレスラー2人が24日、区議選を勝ち抜いた。昨年参院選を国民新党公認候補として出馬して敗れた西村修氏(39)は文京区議選(定数34)6位で念願の勝利をつかんだ。今年からほぼ毎朝、ラジオ体操に出席するなどの地道な活動が集票に結び付いた。
http://www.nikkansports.com/battle/news/p-bt-tp0-20110425-766196.html

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2011年4月23日 (土)

東電の損害賠償の行方について

 以下の意見は、今回の原発問題に絡んで、核燃料の再処理に絡む日本原燃という会社の有価証券報告書を読んだ結果、形成された意見です。できることならば、独立行政法人日本原子力研究開発機構(もんじゅを所管する法人)の決算書も分析した上で発言するべきなのかもしれませんが、現状、そこまでできていません。

 有識者と言われるような人の何名かが、「東電は100%減資で国有化すべきだ」と言っています。しかし、私は、前のブログでも書いたように東電の株主に責任を負わせるだけの筋がないように思っています。なぜなら、原発に事故は起きないと政府も行政も電力会社も言い続けてきました。しかし、実は原発は安全ではなかったと国民は知ってしまいました。浜岡原発で事故が起きてもおかしくないし、福井県のもんじゅで事故が起きてもおかしくないし、六ヶ所村の再処理施設は、何度となく竣工時期が延長されてきて、いつになったら出来上がるのかわからない。そういった中で、たまたま東電が所有している福島第一原発で事故が起こったに過ぎないと考えれば、東電の株主に会社所有者としての責任がどれだけあるというのでしょうか。むしろ、粉飾決算を行った会社の株主のように、だまされた被害者であって、取締役や監督官庁である国を訴える権利を持った人なのではないかとすら思えるのです。

 すでにブログで指摘したように六ヶ所村の再処理施設は、日本原燃という会社で建設されています。東電は、そこに800億円も出資し、使用済み核燃料処理料として1106億円を22年に支払っているだけでなく、なぜか前払い処理料として翌年以降分を3376億円も前払いしています。おそらくそういうお金も使って、総工費予定額2.2兆円!( 国家予算と比較してください)の再処理施設が建設されつつあるのでしょう。しかし、それも完成が延びに延びて、24年にならないと稼動しないようです。で、24年になるとまた再再再・・・延期されたりするのかもしれず。

 しかも、この日本原燃での再処理施設の廃棄の加工施設等廃止措置引当金は48億円しか計上されていません。注記には、「この廃止措置費用等は、今後のウラン廃棄物に係る処分制度や廃棄措置実施内容の不確実性から事業総額は大きく変動する可能性が高く(現有設備に係る廃止措置費用等は概算10百億円から17百億円の範囲と想定)、また、当社における将来の費用負担額についても不明確であることから、合理的な見積もりができない額については、引当額に含まれていません。」と書かれています。つまり、国や東電が直面している設備の廃棄までのコストが読めないと宣言されてしまっています。コストが読めないことがやむなしと判断されるため、監査法人も適正意見を表明しています。しかし、いったいいくらのコストが出てくるのかわからないような会社に継続性の注記もつけずに適正意見というのも監査法人としてどうなんだろうと思いますし、そういう会社に20%近い出資をする東電という会社は、株主を馬鹿にしていないか?と思います。

 そういう馬鹿にされた株主に「今まで、配当をもらってきたのだから株主責任を取れ」というのは疑問です。もし、浜岡原発で事故が起きていたら、中部電力の株主が投資額をフイにされ、玄海原発で事故が起きていたら、九州電力の株主が損害を受けていた、そんなサイコロばくちみたいな世界だったように思います。しかし、投資に伴うリスクはきちんと開示されて、それを判断しながら、リスクを覚悟して投資するのが、金融商品取引法の投資家責任、会社法の株主責任です。国と電力会社に「原発に事故はありえない。(だから「放射能の中でも入っていけるロボットを開発するなど意味はないのだよ、三菱重工くん」と告知されおり、その結果、外国製ロボットが福島に投入されていますね)」と宣言されていた中で投資していた株主に責任を取れというのも酷なのではないか?というのが私の意見なのです。念のために言っておきますが、私は東電の株主ではありません。

 そういう点では、今朝の日経の1面に出ていた社債のデフォルトなし、株式の上場は維持する中で、必要な資金を基金から出したり、その返済が終わるまでは無配とするといった対応策は、合理性があるように思いました。しかし、反対意見の人も少なくありません。そういう人の多くは、電力料金を値上げすることで市場原理に基づいて電力需要を抑えて夏の電力不足に備えるという方策にも反対しそうな気がします。つまり、「東電の勝手な行動のおかげで、一般国民は放射能に脅えるだけでなく、なんで電気料金まで高く払わなければいけないのだ」という気持ちを代弁した意見です。しかし、既述のとおり、日本の原発のコストは、使用済み核燃料のコストを考えないような計算で安価だとされてきたものです。いまだに完成しない六ヶ所村の廃棄処理設備に総工費2.2兆円が見込まれ、かつ、その資産除去債務がまったく見込めていないという状況です。要するに電力会社と国に国民もだまされ、今の電力料金が当然だと思わされてきたに過ぎません。実際にはもっと高い電力料金を払い、電力会社は、使用済み核燃料処理引当金を多く見込まなければいけなかったのだと思います。それであれば、国民の税金から負担しようと、東電のみならず、すべての電力会社の電力料金の引き上げで対処しようと同じようなものです。むしろ、東電の株主が責任を取ればよいのだという意見は、「国民が負担すべきコストを均一に負担する税ではなく、東電株式所有税という形で東電株主に負担させればいいや」というような租税の平等に反する意見であるような気がしてなりません。

 原子力発電は、決して安全ではなく、そして、日本原燃の財務諸表でわかるようにコストすら見込めていない不透明な発電方法であり、いざ事故が起きると、原発が所在する地域の住民だけでなく、食品の安全性や海水への放射能という問題からすべての国民や世界中の人々に影響を与える問題であるということを我々は知りました。それであれば、「東電の株主だけが配当を得ていたのだから責任を負って当然だ」という意見はおかしいし、関西電力や中部電力の株主からもその資産を奪ってしまえというのは筋違いであると思っていただけると思うし、結局は、国民一人一人の問題として国に、したがって税金で対処するべき問題ではないかと思ってもらえるのではないでしょうか。

 ちなみに私は、今回の事件を通じて、電力会社を発電機能と配電機能に分社して、発電部分は、国有化すべきだという意見については、賛同しつつあります。我々は、原子力を制御するだけの叡智を持ち合わせてはいません(ですよね)。それであれば、万一の事故は原子力発電も使いながら便利な生活を享受してきた国民すべてで対応するべきであり、発電機能は国家で管理するべきだと思うからです。また、東電や他の電力会社は、広告宣伝費や研究委託費用などを通じて、メディアや学会をコントロールして、原発は安全であると周知し、行政機関の指導監督機能すら空洞化させる力を持ってしまったように思います。単なる民間企業の範囲を超えた力を持ってしまったのであれば、その力は削がねばなりません。単なる配電会社に成り下がってもらって、発電の部分は、国が所管し、国民が不便でも良いから直ちに原発は廃炉にしてくれという意見ならそうして、もし、20年くらいの期間の中で節電社会の形成と共に原発をなくしてほしいという意見ならそうする、そういう裁量を国に任せたいと思います。

 ただ、その場合も東電や関電を発電会社と配電会社に分離したら、配電会社には相応の価値があるでしょうから、その価値は既存の株主に所属し、発電会社の部分だけ国家が引き取るようなスキームを考えるべきであり、東電の株主からまず株式価値を奪い取って、その上で分社化するというのは筋違いだと思うわけです。

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2011年4月12日 (火)

ダンサーやオペラ歌手は個人事業主か労働者か?

 2年ほど前、下記のようなブログを書きました。
http://hsakuma.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-c564.html

 ダンサーなどの職業は、個人事業主であって、舞台で怪我をした場合に労災認定なんかされないだろう・・・と思っていたら、なんと労災認定する判決が出た。とはいえ医療費の自己負担分が只になるかどうかなんかより、その後の仕事が怪我で来なくなることのほうが大問題だ。個人事業主は、リスクが多い割りに収入が多いとは言えないというような趣旨でした。

 ところが、本日、「平成21(行ヒ)226 不当労働行為救済命令取消請求事件」について最高裁が、オペラ公演をしている財団法人はオペラ歌手が所属する職能別労働組合と団体交渉をする義務を負う、という判決を出したそうです。判決文によれば、「契約メンバーは,このようにして被上告財団により決定された公演日程等に従い,各個別公演及びその稽古につき,被上告財団の指定する日時,場所において,その指定する演目に応じて歌唱の労務を提供していたのであり」、「出演や稽古への参加のため新国立劇場に行った日数は,平成14年8月から同15年7月までのシーズンにおいて約230日であったというのであるから,契約メンバーは時間的にも場所的にも一定の拘束を受けていたものということができる」から「契約メンバーであるAは,被上告財団との関係において労働組合法上の労働者に当たると解するのが相当である。」ということなのだそうです。

 じゃ、ダンサーやオペラ歌手は、雇用保険にも入ったりするんでしょうか? そしたら怪我したり、声の不調で翌年のオーディションに落ちたら、失業保険がもらえることになってしまいます。当然、社会保険にも加入しなければいけないのでしょう。それは、すなわち雇用主の外注費が、給与に変わるだけでなく、2割ほどの社会保険料も加わることでコストが2割り増しになることを意味します。また、本体価格に消費税5%を乗せて払っていたでしょうから、給与は、5%カットするんでしょうけど、それでも雇用主のコストは増えます。そして、おそらく免税業者だったダンサーや歌手は、5%の消費税分がカットされて、手取りが減ります。その代わり、労働者として保護される。

 最高裁は、こういう変化まで想定しての判決を出したのでしょうか? 同じような論理で行くと大工、左官、とび職に関する通達に書いた下記のブログにも関係してくるかもしれません。
http://hsakuma.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-c1d9.html
 最高裁の判決は、下記です。関心のある方は、どうぞ。
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110412150301.pdf

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2011年4月11日 (月)

原発のコスト

 原子力、火力、水力の発電では、原発が一番コストが安く、水力が一番高いと言われています。でも、水力なんて、ダム造った後は、水をタービンに落として、回すだけで安そうに思えるわけです。ただ、水力は、数十万キロワット、原発は百数十万キロワット、規模が1ケタ違うのです。なので、規模の経済性が働く余地はあります。でも、今回のような事故や耐用年数経過後の廃棄コストが折り込まれていないのではないか?という疑問もあるようです。

 そこで、原子力発電のコストって、本当に安いのか?という疑問から、再処理工場などを営む日本原燃や核燃料サイクル機構の決算を見ないとダメなのではないか?ということで、EDINETで日本原燃株式会社の2010年有価証券報告書を見てみました。そう、原発問題についても、決算書からアプローチするのが公認会計士、税理士のサガですね。

 さて、ざっと眺めると、東電への役務売上が1106億円とかあり、再処理料金前受金3376億円も。来年以降の処理代金も払っているんですね、3376億円も。当然、関西電力他もこの下に並ぶはずですが、関連当事者との取引ではこの2社だけが開示。東電が20.56%を持ち、関電が13.49%なので。関電は、主要な株主として、サービスで開示されている模様。

 先日Twitterで呟いたのですが、この会社には、1.47兆円の建設仮勘定があります。内容が気になりますね。今期は再処理工場に213億円、MOX燃料加工施設に193億円投入し・・・というのを過去から続けた結果のようです。再処理工場やMOX燃料加工施設は完成するのでしょうか? 完成しないとお金の無駄遣いですが、完成したらしたで、結構な減価償却費が発生するので、この会社は、赤字転落かな?と思います。もちろん、これらの施設が稼働すれば売上高が増えるのでしょうけれど、原発は増やせない方向の世論ですよね。

 そして、疑問なのが引当金。加工施設等廃止措置引当金が48億円計上されているのですが、注記によるとウラン濃縮事業の廃止措置に備えるため、計上されているそうです。しかし、「この廃止措置費用等は、今後のウラン廃棄物に係る処分制度や廃棄措置実施内容の不確実性から事業総額は大きく変動する可能性が高く(現有設備に係る廃止措置費用等は概算10百億円から17百億円の範囲と想定)、また、当社における将来の費用負担額についても不明確であることから、合理的な見積もりができない額については、引当額に含まれていません。」とのこと。1千億円から1700億円が、この会社の負担になるか、電力会社なのか、国なのかわからないけど、これだけの簿外債務的なものがあるということですね。これが簿外なので、そして、ボロ儲けしているわけではないことから(というより、繰越損失419億円)、この簿外債務的な部分は、発電コストに折り込まれていないことが判明しました。

 簿外債務「的」と書いたのは、会計的には問題がないからです。合理的に見積もりできない将来費用の負担額は引当金の計上要件を満たしませんので。が、結果として、これが原発コストを安く見せかけていることは事実だと思います。

 原発のコストを論じる時には、この引当金の注記も参考にしながら、話をしないといけないです。

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2011年4月 5日 (火)

子ども手当を無くしてよいのか?

 つなぎ法案が通ったことで、子ども手当が半年間継続することになりました。これに対して、自民党などは「ばらまきだ」と批判し続けており、子ども手当はばらまきだと言われ続けている印象があります。本当にそうなのでしょうか。
 
 子ども手当が導入された時、同時に児童手当が廃止されて、子ども手当になっています。そして、同時に税制においては、子ども手当が支給される15歳未満の子どもの扶養控除38万円が廃止になり、これが平成23年1月から動いています。財政側で見ると、子ども手当の必要財源2.2兆円、対する児童手当の廃止で▲0.8兆円、扶養控除の縮小で▲0.8兆円のようであり、差引6000億円だけ支出超過となっています。
 
 これを受け取る側で考えると、児童手当は、1~2人目の子どもに1人当たり5000円、3人目から1万円で、500万円前後の所得までの親にしか支給しないという所得制限が付いています。かつ、この所得制限額を1円でも超えると支給されないため、可処分所得ベースでみると、所得制限をギリギリ超えていなかった人よりわずかに超えた人の方が児童手当が削られる分可処分所得が減ってしまうという矛盾を抱えた制度になっていました。また、扶養控除の方も所得控除制度であるため、低所得者は、そもそも所得税がかからないため、扶養控除の恩典を受けることができず、逆に最高税率(所得税、住民税合わせて50%)がかかる高所得者は、38万円×50%で19万円の所得税が減る効果があるという矛盾を抱えていました。
 
 これを解消するために月々、第1段階13,000円、最終的には26,000円の子ども手当という制度が考えられたのだと思っています。現状は、年額で156,000円です。所得が500万円前後より低い世帯では、子ども1人当たり、5,000円だったものが13,000円もらえるようになり、所得が800万円程度の世帯では、児童手当はもともと関係なく、年額156,000円もらえるけれども、扶養控除が消える結果、所得税・住民税合わせて380,000×33%=125,400円増えるため、年間3万円ほど可処分所得が増え、所得2000万円の世帯では、税率50%なので、年額156,000円の子ども手当に対して、扶養控除が消えた影響が190,000円で4万円弱の増税になっています。所得額1000万円超の世帯では、効果はゼロないし増税なのです。
 
 所得格差が拡がってしまったという問題が意識される日本の中で、この改正は悪くないと思うし、ばらまきというほどの問題でしょうか。また、ばらまきだと批判して、子ども手当制度の廃止を主張する人は、低所得世帯の手当を年額で10万円近く奪い取り、800万円の世帯で156,000円の負担増を意図して主張していたのでしょうか。それとも、扶養控除の復活を想定して、3万円だけ負担増を意図して主張していたのでしょうか。もし、扶養控除の復活を想定していないのであれば、なぜ、2009年までとの比較で子育て世帯だけが「子どもの数×38万円×税率」分だけの負担増を受け入れ、子どもがいない高所得世帯や多額の預貯金を持つ高齢者に負担が出ない制度改正を求めたのでしょうか。
 
 消費税の税率を1%引き上げると2兆円の財源になります。5%で10兆円。そういう規模感に比べて、児童手当と扶養控除から子ども手当に変化する財源は0.6兆円。子ども手当なんかより復興財源になどというレベルの話ではないように思うのです。むしろ、子育て世帯より集票マシンとして魅力がある高齢者に媚びた主張が「子ども手当はばらまきだ」説なのではないかと疑ったりするのです。みなさん、政局としてのあるいは特定の年齢層に媚びた政党の主張に騙されていませんか? 野党に落ちてからの自民党の言動には、与党の民主党と同じ程度に幻滅しています。私たちは、どの政党を応援したらよいのでしょうか。

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2011年4月 2日 (土)

ムラヴィンスキーのブルックナー

 震災で歌舞音曲が自粛の雰囲気でありますが、音楽は人の心を救うということで、本日のブログは久々の音楽ネタです。

 Altusレーベルからムラヴィンスキー&レニングラードフィルのリハーサル&コンサートというCD8枚組みが出ており、これを文京区の図書館で借りて聞きました。リハーサルは、ベートーヴェンとブラームスの各第4番の交響曲。ロシア語でのリハーサルは、CDの解説を読みながらなので十分にはわかりませんが、かなり細かいところまで指示を出しています。ところが金管楽器の音に対しては比較的甘い印象。音を外したからもう1度ということはない。これは優秀な指揮者だから当然だとしても、音が強すぎても音色が荒くても文句はつけない雰囲気。なんとなく聞き続けるのが疲れてやめてしまいました。

 そして、コンサートでは、これら2曲とブルックナーの第9番が入っているので、これを聞いてみました。ロシア特有の金管楽器がバリバリと鳴るオケでのブルックナーはどうだろうかと思ったからです。しかし、結果としては不満。オーケストラというのは、弦楽器の基盤の上に木管楽器や金管楽器が乗っかるものであり、これはハイドン、ベートーヴェンの時代だけでなく、ブルックナーの時代まで同じなのだと思います。実際、ギュンター・ヴァントが来日したときの北ドイツ交響楽団は、「こんなところで弦楽器ががんばっても聞こえないよ」というくらいに管楽器が鳴っている場所でも、弦楽器はがんばってフォルティッシモを弾いていました。そして、聞こえないのではなく、ちゃんと聞こえていたのだと思います。しかし、ムラヴィンスキーの演奏では、そういう雰囲気がない。金管楽器に弦楽器が負けてしまっている印象。これは、録音のせいかもしれません。

 また、ブルックナーの精神性みたいなものがあまり伝わってこないのもがっかり。終楽章の終了前5分ほどのフルオーケストラで不協和音が鳴り響いてゲネラルパウゼになり、ホルンが残って響かせるところ。強奏での不協和音の中、トランペットの鋭い音色が全体の響きの中を突き抜けていました。全体として混沌とした音が鳴ってほしい場所のように思うのですが。そして、その後、天国にいるかのような美しいヴァイオリンの音色で終結に向かいますが、スラーではなく、1音1音の輪郭をはっきりさせるようなマルカート的な旋律の弾かせ方。なんでこうなんだろう?という印象。レニングラードフィルを50年にわたって率いた名指揮者なので、もう少し期待していたのですが。

 と、不満だけで終わってしまうのもなんなので、最近聞いたCDの感想をもう1つ。このところ、バッハの無伴奏チェロ組曲のCDをいろいろ聴きました。主として第1番です。マイスキー、カザルス、フルニエ、シュタルケル、マイナルディ、モルク、堤剛、ビルスマなど。マイスキー、堤さんあたりは、割とサラサラと弾いてしまって上手なんですが、ややつまらない。フルニエは、雰囲気いいなぁという感じ。日本の来日公演の録音よりそれより10年位前のスタジオ録音のほうが良い。マイナルディはもたれるほどに遅いですが、アマチュアのチェロ奏者の練習用には良いと思います。が、それくらいに遅い。モルクは、この中では唯一の若手ですが、癖がある演奏だけれども、さらりと弾いていないのが面白い。チェロ1本でこれだけ違った演奏になるんだなぁと感じました。

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