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2010年10月25日 (月)

派遣法法案に関する疑問

 三宅雪子という民主党の議員が10月22日にTwitterで次のように呟いたことで各方面で賛否両論が巻き起こっているようです。
 「継続審議になっている派遣法。まさに、小泉構造改革のときに規制緩和などで、派遣社員が大幅に増えました。私は内部留保がある会社が派遣切りをするのが許せません。菅さんが、もっと財界にパイプを持ち、圧力をかけるべきだと思います」
 
 例えば、池田信夫教授、城繁幸などの有識者が「内部留保」の意味がわかっていないといった苦言を呈しているようです。
http://news.livedoor.com/article/detail/5092535/
 また、一般のブログでも下記のようなページが登場しています。
http://mojix.org/2010/10/25/miyake-hakengiri

 三宅議員の主張の元となる信念として、企業が派遣社員の雇用を切るのは良くないことであり、派遣法を改正すれば、派遣社員の正社員化ができるということなのでしょうから、そこを議論しないといけないように思います。
 
 そんなことで、労働者派遣法改正案の法律案要綱を少し見てみました。ちょっと見て「あれ」と思ったのが、下記の部分。
 十三 労働者派遣料金額の明示
派遣元事業主は、次に掲げるときは、次に定める労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、当該労働者に係る労働者派遣料金額として厚生労働省令で定める額を明示しなければならないものとすること。
(1)労働者を派遣労働者として雇い入れようとするとき当該労働者
(2)労働者派遣をしようとするとき及び労働者派遣料金額を変更するとき当該労働者派遣に係る派遣労働者

 派遣会社は、その派遣労働者をいくらの料金で派遣するのかを当該派遣労働者に明示しなければいけないようです。しかし、なぜ、これを明示しなければいけないのでしょうか。派遣会社にとって見ると、派遣労働者の給与は、原価です。そして、派遣会社がその労働者を採用するまでの求人広告費や登録費用などの採用原価、派遣先を見つけるための営業マンの人件費その他営業費用、そして派遣会社の正常利潤を乗せて、派遣料金が決まっているはずです。つまり、派遣労働者に派遣料金を教えるということは、「うちの会社の原価と正常利潤はこれこれだよ」と教えているようなものです。なぜ、そんなことが必要なのでしょうか。
 自動車メーカーは、鉄鋼会社に仕入れた鉄板を車にしたらいくらで売るかの売価を教えるでしょうか。ソフト開発会社は、外注先企業に外注しているモジュールが最終製品になった時にいくらで納品先に請求させるかを教えるでしょうか。なぜ、派遣会社だけがこんなことをしなければいけないのでしょう。
 おそらく法案の作成者は、「派遣料金こそが労働者の賃金となるべき部分で、派遣会社がそれをピンハネして、労働者を搾取した金額を払っている。だから、搾取した額を知らせることで、搾取される幅が縮小するに違いない」と考えているのではないでしょうか。

 しかし、実際は、違います。派遣労働者を雇う会社は、時給1100円のアルバイトを雇うために求人広告を出したり、採用面接をするのが大変だから、派遣会社に1500円払っても派遣労働者がアルバイトニーズを満たしているはず。あるいは、時給換算1500円の事務職員を正社員として雇用するには、募集費用、面接の手間、法定福利費、福利厚生費、賞与、退職金などの負担が生じるのを避けるために時給2400円で派遣会社から派遣してもらっていたはずです。もし、この派遣労働者の時給が1700円だとして、「あなたの派遣料金は、これに700円が加わった2400円です」というのを知らされたからなんだというのでしょうか。「じゃあ、私は2400円の価値があるんだから、それで雇ってくれる会社を探そう」と思うのでしょうか。思っても良いけれども、企業は、派遣会社に電話1本すれば人を派遣してもらえるから2400円を払っているのであり、その人が「私を2400円で正社員にしてくれ」と言ったら、黙ってお引き取りを願うだけです。
 
 こういう意味のないことを定める法律改正案が議会で可決されるとしたら、日本の議員の頭の構造を疑わなければいけないと思うのですが、いかがなものでありましょうか。
 

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2010年10月11日 (月)

法廷会計学vs粉飾決算

 タイトルは、キャッツ事件の細野会計士の本ですが、2008年6月初版の本を今頃ですが読みました。

 日興コーディアル証券の粉飾について財務分析から明らかにして、みすず監査法人の業務廃止のきっかけを作ったレポートを元にした本です。財務分析からの推測も含まれたレポートですが、途中から断定になってしまうなど強引なところもあるものの、結論は正しかったということで許されちゃう本です。

 切れ者の会計士が検察の特捜部によって強引に犯罪者にされ、監査の仕事から強引に切り離して、暇にさせるとこんなに鋭いレポートを書かかれちゃうのだぞ、というところでしょうか。有能な人は大きな組織の一員として飼い殺しにしておかないと、社会(ないし財界や官僚)が必要悪として封じ込めておこうと思った部分まで世の中に開示されちゃうということが言えるかと。

 一番、印象に残ったのは、財務分析ではなく、下記のくだり。
□公認会計士の指導的機能(P.233~)
 (P.244~)それでも、監査業務に創造性と自主性があればまだ救われる。監査には批判的機能と指導的機能があるが、昨今の社会風潮は公認会計士の指導的機能を否定する方向に著しく偏りすぎている。会社の作成した財務諸表に対して限定意見をつけたり、不適正意見を付してその財務諸表を批判する機能を公認会計士の批判的機能と言うのであるが、それでは公認会計士が限定意見や不適正意見をバンバン出せば社会は満足するのか? 間違った財務諸表を出されるよりも、そのような誤った財務諸表を修正させ、適正な財務諸表の作成を指導して適正意見を出してもらったほうが、その社会的効用ははるかに高い。これを公認会計士の指導的機能という。しかし現在の社会の論調は、公認会計士の批判的機能の欠如を問題とするばかりで、その指導的機能の重要性を指摘する論調など見たことがない。
 上場会社の中で、公認会計士の指導的機能がなければ適正な財務諸表を作成する能力がない会社はかなり多い。・・・・(以下、略)

 日本航空の機材の購入時のリベートを購入時の収益とする会計処理は粉飾だと論じ、それに適正としてきた新日本監査法人にバツを出し、NOVAの売上計上処理にOKを出してきたあずさ監査法人にバツを出し、この本によれば、中央青山監査法人以外の大手も軒並み駄目だしされちゃいます。監査の指導的機能が欠けているだけでなく、大手監査法人の会計士といえども、能力自体が不足している場合もあり、監査法人の組織的な運営がそれをカバーしきれていないことの証左ともいえるかもしれません。

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